因果の報い

子どもの頃は炎天の夏が好きだった。陽光の激しい分だけ激しく遊んだ。那須の庭草はあの頃の僕のようだ。陽光が激しければ激しい分だけ、嬉々として萌え上がる。「おいおい、そんなに伸びるなよ」と、履き古したパンツのゴムみたいになってしまった僕は、老骨を庇いながら草刈り機を廻し続ける。やれやれ、三丁目の夕日の頃から歩いて来たけど、思えば遠くへ来たもんだ。
 …でもね、体力、気力、知力、性欲消え失せても、口先だけは減っていないかも…。手にしている草刈り機。これなんか、まさに口先一つの成果だもんね。
 那須の小宅を手に入れた当時、僕は上尾の自宅から持ち込んだ芝刈りバリカンで庭草を刈っていた。
 それを見た管理事務所の鈴木さんが、「そんなもんでこの庭全部刈るつもり?」と呆れ顔で言った。
「だって、これしかないもん」と僕。
「だめだめ。それで百五十坪刈るなんて、バリカン抱えて昇天だあ。草刈り機使わなくちゃ」
「草刈り機?」
「あらっ、知らないの?」と言った鈴木さん。(しょうがねえなあ)とでも言うふうに、自身が乗って来た軽トラの荷台から、真っ赤な草刈り機を取り出した。
「ほら、これが草刈り機。ねっ、ここにはこれくらいのが必要ですって」
「ふ〜ん。でも、そんなの持ってないもん」
「ホームセンターで売ってますよ。一万円も出せば買えますって」
「きょうは日曜日だよ。道はどこも車だらけ。老人が車走らせちゃいけない日なんだから」
「だったら、これ、きょう一日貸しましょうか?」
「借りるってことは、あとで返すんだよね」
「そりゃ、まあそうですけどね」
「借りたり返したり、面倒だからいいよ」
「面倒? そういう問題じゃないと思うけど…。じゃあ、譲りましょうか?」
「一万円で? 遠慮しますよ。千円なら買ってもいいけど」
「千円! …う〜ん、千円ねえ。まあいいか。いいすよ。じゃ千円で譲りますよ」
「うそ!」
「うそじゃない」
 話が思いっきり翔ぶところに田舎の凄さがある。
「ねえ、それってヤケになってない?」
「少しだけね。ヤケのついでにこれも付けちゃう」
 鈴木さんは軽トラの荷台から、長さ二十メートルのコードまで持ち出した。
「ねえ、冗談でしょう?」と尋ねたら、「本気ですよ」という答え。瓢箪から駒…というか、冗談半分、残りはユスリ…みたいな話になってしまった。
「だとしたら千円はないでしょう。せめてもう一枚」と僕はポケットから二千円を取り出したけど、どっちにしたって〝ふんだくり感〟は免れない。
 商談が成立すると、鈴木さんは早速その使い方を実演してくれた。「ああ成程」「ああ成程」と言えば言うだけ実演が続く。一時間も言い続ければ大概終わるかと思ったけれど、そこまではまさかね。
 労働の後は温泉がいい。近くには、千三百年の歴史を誇る名湯「鹿の湯」がある。存在は知っていたけど入浴はまだだったから、この機会にと思ってチョイと出掛けた。
 入浴料四百円を払って扉を開けると、すぐの処に深さ三十センチもない浅湯。入浴前に足を洗えということだろう─と勝手に判断した僕は、ためらいもなくそこに足を突っ込んだ。途端にオヤジが「おい、こらっ!」と怒鳴った。見ればそのオヤジ、頭からその湯をかぶっている。おお! 何とその湯、「足湯」ではなく「かぶり湯」だった。
 草刈り機を二千円でふんだくった罰だろう。いいトシこいて怒られちまった。赤い草刈り機を手にするたびに、オヤジの怒声が聴こえて来る。