『ホーローの看板』

『ホーローの看板』
 ホーローの看板と聞いて大抵の人の頭に浮かぶのは、塩とたばこの看板ではないだろうか。子どもの頃、それを避けては通りを行き交えないほど、視野の一部を賑わしていた。それもその筈、塩とたばこは、今のようにどこからでも入手できるものではなかった。大蔵省専売局(昭和二十四年に公社化し日本専売公社となる)がその専売業務を独占していて、買える店が限られていたからだ。
 昭和六十年、専売公社のたばこ独占製造権と塩の専売権は新設の『日本たばこ産業(JT)』に継承され、その際、外国たばこの輸入・販売が自由化され、平成九年には塩の専売権もなくなった。だけど、長年の中で脳裏に焼き付いた二つのホーロー看板(青地に『塩』と、赤地に『たばこ』の白抜き文字)は、忘却の中に霞むことがない。
 地方に足を延ばすと、一時代にとどまっている〝生き残り看板〟に出会うことがある。水原弘の『ハイアース』、由美かおるの『アース渦巻』、松山容子の『ボンカレー』、浪花千栄子の『オロナミン軟膏』、大村崑の『オロナミンCドリンク』…。
 時代はゴロリ、ゴロリとゆっくり転んだ。それがこのごろゴロゴロと、音をたてて転がっている。アクセルばかりの踏み競争。ぼくにはとても危うく見える。